具志堅用高(ぐしけん ようこう)
1955年6月26日生
沖縄県石垣市出身
24戦23勝(15KO)1敗
元WBA世界ジュニアフライ級王者。
ご存知沖縄が生んだ世紀の天才ボクサーがこの具志堅用高です。
引退後の片岡鶴太郎氏のモノマネである「ちょっちゅねー」の人、ということで知っている人も多いかもしれません。
実はこの人は本当にすごい人なんですよ!
1974年にプロデビューして、わずか数年後の、1976年10月10日にわずか9戦目で世界初挑戦して、勝ってしまいます。
当時、至上最速での世界チャンピオンになりました。
その怒涛の13回防衛となり、この記録はいまだに破られていません。
しかも「世界王座6連続KO防衛」もはたしており、この記録も日本人世界王者では具志堅しかなしえていないのです。
彼の有名な逸話があります。
なぜ14度目の世界王座防衛戦で敗れたのか?との問いによくテレビ番組のインタビューでこう答えています。
いつも計量クリア後はご褒美としてスクリームをたべていた。
しかしこのときはアイスクリームがなく食べることができなかったため、そのことが頭に引っかかって試合に負けてしまった」と言っています。
ゲン担ぎ失敗ってことですね(笑)
記録にも、記憶にも残るまさにキャッチフレーズどおり「100年に一度の天才」ボクサーなのです。
これだけ偉大な選手なのに、けして、おごり高ぶることなく、常に笑顔で周りを明るくさせてくれる人物だそうです。
その証拠に彼を知っている人で、具志堅の悪口を言う人はいないと口をそろえて言います。
まさに人柄を表しているといえるでしょう。
沖縄の有名人といえば?といえば、今でこそ「安室ナミエ」とこたえるかもしれませんが、
一昔前は、9割以上が「具志堅用高」と即答していたと思います。
それぐらいすごい人物なのです。
現在は白井・具志堅スポーツジムを経営しています。
後進の育成にも励んでいます。
ぜひ世界チャンプを生んで欲しいですね!